2.血圧測定の歴史


 早島町  木村医院     木村 丹

はじめに 

 日々の診療に「血圧計」は必要不可欠でその存在は当然のことと考えているが、はるか

昔から存在したわけではない。生活習慣病としての高血圧症は常に増加傾向にあり、

降圧薬は毎年数種類が新発売されている。この疾患をより深く理解するために、血圧測

定の紀源と歴史を辿ってみた。

 

1.脈の認識

  BC1世紀頃、中国の医学書「黄帝内径(コウテイダイケイ)」に、“脈が鉄を打つように激し

く触れる時が病の始まりである。食塩を多量に摂ると脈は強くなる”との記載がある。

2000年以上前から脈は認識されていたことが伺える。

 

2.ハーヴェイの血液循環説(1628年)

 William Harvey(イギリス人、1578-1657)は、1628年に出版された「心臓と血液の

運動」の中で血液循環説を発表。血液は大静脈から心臓に入り、心臓から大動脈を経

て静脈へ一方通行で流れ、循環すると説明した。それまでは、心臓から拍出される膨大

な血液は肝臓で作られると考えられていた。

 

3.血圧の測定

1733年 イギリスの生理学者Stephen Hales(1677-1761)がウマの頚動脈にガラス管を
           挿入して 、
その高さにより血圧値を認識した。(図1)

1828年 フランスのPoiseilleが水銀U字管を使用して“動脈内圧”が研究室内で

測定されるようになった。また血圧の単位として「mmHg」が使用された。

1876年 ウィーンのvon Baschが水銀U字管を改良して、水を満たした袋を櫈骨

動脈にあてその拍動の消失点で収縮期血圧を定量的に測定した(図2)。

1896年 イタリアのScipone Riva Rocci1863-1937)が上腕カフを用いた水銀圧力

計による血圧測定法を考案した(図3)。現在の血圧計(図4)の原理と

ほぼ同じ。触診により、収縮期血圧が測定された。米国の脳外科医

CushingRiva Rocci式血圧計をアメリカに持ち帰り、手術前後の血圧を

測定した。

1905年 ロシアの軍医Nikorai Korotkov(1874-1920)が、日露戦争で従軍中に動静脈

瘻の血管雑音を聴取したことがきっかけで、聴診器を使って血圧を測定し

た。この時初めて拡張期血圧が認識され、2種類の血圧値(収縮期と拡張期

血圧)が測定された。有名なコロトコフ音の発見であるが、直ちに普及した

わけではない。

      1931 ドイツのvon BonsdorffRiva Rocci式血圧計を使いコロトコフ音がほぼ

正確に収縮期と拡張期血圧を示していと報告した。この頃から安い、簡単、

小型の血圧計が世界中で認められ、普及した。

1980年代後半 軽量小型携帯式自動血圧計が発売され、家庭で血圧が測定される

ようになった。

 

4.血圧値の意義.

       血圧の値が高いことが生理的に異常であるとの認識は、血圧が測定され始めたころ

からあったらしい。20世紀初め、その意義について議論百出したといわれる。

 1911年 アメリカの生命保険会社が加入時に血圧測定を推奨し、予後を調査し始めた。

(心筋梗塞や脳卒中との関連が推測されたため)

 1951年 アメリカで出版された「Hypertension and Nephritis」には、症状のない高血

圧患者には血圧値を知らせないほうが幸せであろう。血圧の数値をいうよりも、

ふつうの人々よりもやや高いと告げるほうがよい、と掲載されていた。

 20世紀前半 安全かつ確実な降圧薬はなく、瀉血、放射線治療、電気治療、温熱治療

など、益よりも害が心配な治療が行われていた。

 

5.主な降圧薬の発売年

1953年 レセルピン(アポプロン) 交感神経抑制薬

1960年 トリクロメチアジド(フルイトラン)利尿薬

1978年 塩酸プロプラノロール(インデラル)β遮断薬

1982年 塩酸ニカルジピン(ぺルジピン)Ca拮抗薬

1982年 カプトプリル(カプトリル) ACE阻害薬

1993年 ベシル酸アムロジピン(アムロジン)Ca拮抗薬

1998年 ロサルタンカリウム(ニューロタン)ARB

サイアザイド剤の登場により、1960年以降、非専門医の間にも

降圧薬療法が普及した。

 

6.血圧測定の将来    血圧値は刻々と変化する。1日に約10万回ある心拍動について、

それぞれの血圧値を測定し、日内変動を詳細に分析できる装置の開発が期待されている。

 

参考図書

1.高血圧研究の歴史 日和田邦男 先端医学社 2002

2.高血圧治療ガイドライン2000年版 日本高血圧学会 2000

3.血圧測定法の歴史 栃久保修 メデカルトリビューン1991

4.日本醫史學雑誌 コロトコフの聴診による血圧測定の歴史

                          藤倉一郎 日本医史学会 2004


図1.Stephen Halesによるウマの頚動脈内圧の測定(1733年)
図1.Stephen Halesによるウマの頚動脈内圧の測定(1733年)
図2.von Baschの橈骨動脈での血圧測定装置(1876年)
図2.von Baschの橈骨動脈での血圧測定装置(1876年)

図3.Riva-Rocci の上腕血圧測定装置  (1896年)
図3.Riva-Rocci の上腕血圧測定装置 (1896年)
図4.現在の血圧計
図4.現在の血圧計