結核の歴史
ー疾患名の歴史ー
岡山県 早島町 木村医院
木村 丹
(2006年1月)
疫病(ペスト、コレラ、麻疹、天然痘など)
→
伝染病(19世紀後半に細菌学が発達した頃)
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感染症(20世紀後半に多くの抗菌薬が開発され、
1974年に日本伝染病学会→日本感染症学会)
骨やミイラで結核の痕跡を見ることができる。
1.紀元前7000年頃に発見されたドイツのハイデルベルグ人
の脊椎にカリエスを見ることができた。
2.紀元前4000年から2000年頃のミイラの脊髄に結核の
病跡を見る。
・・・・最も重くかつ困難な病気は肺労である。最も多数を死亡させた。
・・・・誰も咳が去らなかった。悪寒、発熱、発汗、下痢を伴って突然悪化した。咳は終始多回で、多量の液状の喀痰を出したが、苦痛は伴わなかった。・・・・
Hippocrates(BC460-375頃)
ギリシャ語 Phthisis(疲れ、消耗し、衰弱する)
英語 phthisis, consumption, wasting disease
ドイツ語 Phthisis, Schwindsucht, Konsumption
Schoenlein J.L.(スイス人)が、病理学的に
「tuber(結節)」が重要な役割を持っているとして、
ドイツ語でTubercuroseと提唱した。(1839年)
諸病源候論(巣元方著、610年)の中に、
小児身生熱瘡必生瘰癧其状作結核在皮肉間・・。
すなわち、「結核」はたね(核)をむすぶ(結)状態を
示す一般の言葉であり、これは瘰癧を意味した。
一方、現在の肺結核は、虚労、肺労、労際といわれていた。
わが国、最古の医学書「医心方」(丹波康頼著、984年)に虚労、肺癆がある。
鎌倉時代の医学書「万安方」に「結核」が存在する。
江戸時代・・・・労咳、労瘵、伝屍労
1857年・・・緒方洪庵(1810-1864)が「扶氏経験遺訓」の中 でPhthisis tuberculosaを「結核肺労」と訳し、労咳と瘰癧を同じ範疇の疾患「結核」とした。
1.感染症がかつて疫病(はやり病)といわれた頃、 疫病はペスト、天然痘、コレラ、麻疹など急性に発症する 疾患を意味していた。現在、結核は感染症の範疇に入るが、 肺結核は疫病として認識されず、「ゆっくりと消耗する疾患」とされていた。
2.病理学が発達する1830年ころまで、 瘰癧(頚部リンパ節結核)と消耗性疾患(現在の肺結核)とは別の疾患と認識されていた。
1.「tuberculosis」と「結核」とは似ているように思えるが、 発祥の由来は異なる。 すなわち、英語の「tuberculosis」は 病理組織学的な所見「tuber(結節)」を語源としてる。 一方、日本語の「結核」の発祥は中国で、瘰癧を核(たね)を 結(むすぶ)状態と表現した肉眼的な所見を語源とする。
2.「結核」は、610年頃中国で瘰癧の性状を示す一般の用語として 使われ、その後瘰癧とほぼ同意の疾患名であったが、 現在の肺結核を示す用語ではなかった。
3.「tubercurosis」は、1839年スイス人Shoenleinが現在の結核 を病理学的に命名したものである。
4.わが国で、「Phthisis tuberculosa」の訳として、現在の「結核」の 疾患名を用いたのは、1857年緒方洪庵による。
結核の歴史 岡西順二郎著 日本胸部臨床 1956-1966年
医学の歴史 小川鼎三著 中公新書 1964年
聴診器と注射器のふるさと 大村敏郎著 考古堂 1988年
孤高の科学者 W.C.レントゲン 山崎岐男著 医療科学社 1996年
結核という文化 病の比較文化史 福田眞人著 中公新書 2001年
結核と歩んで五十年 島尾忠雄著 結核予防会 2003年
結核の歴史 青木正和著 講談社 2003年